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一次データ

社内AIの原価を計算した ─ ローカルLLMは本当に安いのか

「社内文書を外部のAPIに送りたくない。だから自社サーバーでLLMを動かす」。よく聞く話ですし、私たちもこれを事業にできないか本気で検討しました。そこで実際に原価を計算したところ、桁が2つ違いました。公式価格と計算式を全部載せるので、自社の条件で計算し直せます。

公開:2026-07-19読了:約12分価格取得:2026-07-19
結論の先出し(100人・月10,000回・RAG想定/1USD=150円換算)
¥2,250API(GPT-4o-mini)月額・従量課金
¥37,500API(GPT-4o)いちばん高いモデルでも
¥385,000GPU 1枚(H100)使わない時間も課金
51回/日損益分岐1人がこれだけ叩いて互角

01前提を先に決めます

この手の比較は前提でいくらでも結論が変わるので、先に固定します。数字はすべてこの前提から機械的に出しています。

項目置いた値
利用者100人
1人あたり利用1日5回 × 月20営業日
合計リクエスト月10,000回
1回あたり入力(チャット想定)1,000トークン
1回あたり入力(RAG想定=社内文書を毎回添付)8,000トークン
1回あたり出力500トークン
為替1USD = 150円で換算(原文の$も併記)

RAG(社内文書を検索して回答に混ぜる方式)だと、毎回の入力に検索結果を丸ごと詰め込むので入力トークンが跳ね上がります。ここが効くので、チャット想定とRAG想定を分けて計算します。

02APIで動かした場合

公式の従量課金(100万トークンあたり・米ドル・税別)です。

モデル入力 /1M出力 /1M
Azure OpenAI GPT-4o-mini(Global)$0.15$0.60
Claude Haiku 4.5$1.00$5.00
Azure OpenAI GPT-4o(Global)$2.50$10.00
Azure OpenAI GPT-4o(Regional$2.75$11.00

前提を当てはめると、月額はこうなります。

# RAG想定・月10,000回の場合
入力 10,000回 × 8,000トークン = 80,000,000 = 80M
出力 10,000回 ×   500トークン =  5,000,000 = 5M

GPT-4o-mini : 80 × $0.15 + 5 × $0.60 = $15.00/月
Haiku 4.5   : 80 × $1.00 + 5 × $5.00 = $105.00/月
GPT-4o      : 80 × $2.50 + 5 × $10.00 = $250.00/月
モデルチャット想定RAG想定
GPT-4o-mini$4.50(約675円$15.00(約2,250円
Claude Haiku 4.5$35.00(約5,250円)$105.00(約15,750円)
GPT-4o$75.00(約11,250円)$250.00(約37,500円

100人の会社が社内AIを回して、いちばん高いGPT-4oでRAGまでやって、月37,500円です。

03GPUを自前で持つ場合

比較対象として、国内でGPUを時間貸ししているさくらインターネットの「高火力 VRT」の公表価格を使います(税込)。

プラン時間日額月額
NVIDIA H100¥990¥23,100¥385,000
NVIDIA V100¥481¥11,550¥231,000
V100を検討している方へ
安いV100プランには提供終了が公式にアナウンスされています。新規申込は2026年12月31日まで、提供終了は2027年3月31日です(高火力 VRT)。今から3年使う前提の試算はできません。

参考までにAWSだと、EC2 g5.xlarge(A10G 1枚・4vCPU・16GiB)の東京リージョン・オンデマンドが $1.4590/時です。24時間×30日で約 $1,050/月=約157,500円。A10Gなので70Bクラスの本格運用には力不足ですが、それでもAPIより2桁高い水準です。

月額コスト比較(RAG想定・月10,000回/1USD=150円換算/GPUは24時間稼働・対数スケール)
GPT-4o-mini¥2,250
Claude Haiku 4.5¥15,750
GPT-4o¥37,500
AWS g5.xlarge¥157,500
さくら V100¥231,000
さくら H100¥385,000
API(従量課金) GPU(時間課金・使わなくても発生)
見落とされがちな、課金の性質の違い
API(従量課金)
  • 使った分だけ払う
  • 誰も使わない月はほぼ0円
  • 利用者が増えた分だけ増える
  • 構築・監視・モデル更新は不要
GPU(時間課金)
  • 使っていない時間も満額
  • 社内利用は月160時間=稼働率22%
  • 残り78%は誰も使っていないGPUに払う
  • 構築・監視・更新・冗長化の費用は別途
稼働率22% = 営業8時間 × 月20営業日 ÷(24時間 × 30日)

04では、何回使えば逆転するのか

ここがいちばん知りたいところだと思います。H100 1枚(月385,000円)に並ぶには、月に何回APIを叩く必要があるか。RAG想定(入力8,000/出力500)で計算します。

1回あたりの単価(GPT-4o・RAG想定)
 = 8,000/1M × $2.50 + 500/1M × $10.00
 = $0.020 + $0.005 = $0.025/回

損益分岐 = (¥385,000 ÷ 150) ÷ $0.025 = 約102,667回/月
モデル(RAG想定)H100と釣り合う回数100人なら1人あたり
GPT-4o月 102,667回1日 51回
Claude Haiku 4.5月 244,444回1日 122回
GPT-4o-mini月 1,711,111回1日 856回
1人あたり1日の利用回数と、有利な選択肢(GPT-4o・RAG想定)
APIが安いGPUが安い
0回← 一般的な社内利用はこのあたり(1日5回)
5回/日この記事の前提=ごく普通の社内利用
51回/日ここでやっと互角前提の10倍以上
856回/日4o-miniなら現実には起こらない
マーカーの位置は損益分岐点(1日51回)を示す概念図であり、目盛りは線形ではありません。
これが結論です
最も高価なGPT-4oを、RAGでフルに使ってなお、社員1人が1日51回叩き続けてようやくH100 1枚と釣り合います。安価なモデルなら1日856回
「GPUを買ったほうが安い」が成立する社内利用は、現実にはほとんど存在しません。
しかも、この計算はGPUに有利すぎます
H100の月額385,000円には、構築・チューニング・監視・モデル更新・障害対応の人件費も、冗長化のための2枚目も、電源やネットワークも含まれていません。実務ではこれらが上乗せされます。

05「データ主権」は本当にローカルの理由になるか

コストで負けるとして、「それでも社外に出せないから」が残ります。ここは慎重に見る価値があります。

まずMicrosoftは公式ドキュメントでこう明記しています。

The models are stateless: no prompts or completions are stored in the model. Additionally, prompts and completions are not used to train, retrain, or improve the base models.

— Microsoft Learn「Data, privacy, and security for Foundry Models sold by Azure」

Amazon Bedrock も2023年10月6日から東京リージョンで提供されています。つまり「日本国内リージョンで、学習に使われない」という条件自体は、APIでも満たせます。

ただし、ここは正確に書きます
「Azureは一切データを見ない」は正しくありません。Microsoftは不正利用監視(abuse monitoring)のため、プロンプトと応答の一部を最大30日間保存し、権限を持つ従業員が閲覧し得ると明記しています(「変更済み不正利用監視」の承認を受けた顧客を除く)。学習不使用の記述にも「without your permission or instruction(お客様の許可または指示がない限り)」という限定が付いています。
AWSの記述も範囲が限定的です。公式の文言は「prompts that AWS customers enter into Amazon FMs and outputs ... are not used to train the underlying Amazon FMs, unless a customer consents」であり、Amazon自社のモデルに限った約束です。「あらゆるモデルの学習に使われない」と読むのは踏み込みすぎです。

また、データを日本国内に置くこと自体にも値札があります。Azureのリージョン指定(Regional)デプロイはGlobalより約10%高く(GPT-4oで $2.50→$2.75)、Claude Haiku 4.5 も Bedrock / Google Cloud のリージョン指定エンドポイントで10%の上乗せがあります。

ここは私の想定が外れていた点です
当初、私たちは社内資料に「日本国内データ保証つき(Japan East固定)なら月$51.43」と書いていました。確認したところ、GPT-4o と GPT-4o-mini は Japan East では Global メーターしか提供されておらず、日本リージョン専用の価格自体が存在しませんでした。「Japan East に固定すると割高になる」という前提が、この2モデルについては成立していません。訂正します。

06「1枚のGPUを複数部署で分け合えばいい」は成立するか

GPUが高いなら共有すればいい——私たちも最初にそう考えました。ここも技術的な壁があります。

MIG(Multi-Instance GPU)

NVIDIAが公式に提供する分割機能で、1つのGPUを最大7インスタンスまで、それぞれ独立したメモリ・キャッシュ・演算コアを持つ形で分けられます。分離という意味では最も堅い方法です。ただし公式ドキュメントの制約が重い。

NCCL is currently not supported with MIG.

— NVIDIA「MIG User Guide — Deployment Considerations」

NCCLが使えないということは、複数GPUにまたがるテンソル並列推論ができないということです。つまりMIGで分割した先には、大きなモデルは載りません。同ドキュメントは、異なるGPU間のP2P非対応、GPUインスタンス間のCUDA IPC非対応、グラフィックスAPI非対応も明記しています。

タイムスライシング

もっと柔軟に共有する方法ですが、NVIDIA自身が明確に警告しています。

Unlike Multi-Instance GPU (MIG), there is no memory or fault-isolation between replicas.
Time-slicing trades the memory and fault-isolation that is provided by MIG for the ability to share a GPU by a larger number of users.

— NVIDIA「GPU Operator — Time-Slicing GPUs」

メモリ分離もフォールト分離もない。1つのテナントのプロセスが暴走すれば、同居している他のテナントも巻き込まれます。顧客のデータを預かる構成としては、これは選べません。

※この「分離がない」という記述はタイムスライシングについてのものです。MPS(Multi-Process Service)について同じ文言をNVIDIAが述べている一次資料は確認できませんでした。Volta世代以降のMPSには限定的なメモリ保護とエラー封じ込めがあるため、MPSにこの引用をそのまま当てはめないでください。

07共有すると、何が漏れるのか

共有には、コストや安定性とは別の問題があります。プロンプトそのものの漏洩です。

NDSS 2025で発表された論文「I Know What You Asked: Prompt Leakage via KV-Cache Sharing in Multi-Tenant LLM Serving」(攻撃名 PROMPTPEEK)は、推論高速化のために共有されるKVキャッシュから、他テナントのプロンプトを復元できることを実証しています。

Our results show that the adversary can achieve an average success rate of 99% in fully or partially reversing the prompt input, 98% in reversing the prompt template, and 95% without additional background knowledge, when tested on a Llama2-13B model on an A100 80G GPU.

— Wu, Wang, Niu, Zhang(南方科技大学), Zhang, Zhang, Wu(ByteDance), NDSS Symposium 2025

影響対象として vLLM・SGLang・LightLLM・DeepSpeed が名指しされています。いずれも「ローカルLLMを立てる」ときの標準的な選択肢です。

数字を盛らないための注記
この99%は「完全に、または部分的に復元できた割合」です。「99%の精度で他人のプロンプトが丸見えになる」と書くのは言い過ぎなので、そう書いていません。
なお、しばしば同じ文脈で引かれる vLLM のアドバイザリ GHSA-4qjh-9fv9-r85r(CVE-2025-46570)別物です。こちらはプレフィックスキャッシュがヒットすると最初のトークンまでの時間が短くなる、というタイミング側チャネルで、深刻度は Low・CVSS 2.6、0.9.0で修正済み。プロンプトの抽出ではありません。この2つを混ぜて語るのが、この分野で最も起きやすい誇張です。

08結論と、それでもローカルが要る場合

調べた結果、私たちは「社内AIのためにGPUを持つ」事業を追わないことにしました。理由は上の通りです。

ただし、ローカルが正解になるケースは実在します。正直に挙げておきます。

GPUプーリングという反論について
「まとめて共有すれば劇的に減らせる」という研究はあります。SOSP '25 の Aegaeon(北京大学+Alibaba)は、実運用で必要GPUを 1,192枚 → 213枚(82%削減)したと報告しています。
ただしこれは「モデルマーケットプレイス」のワークロードです。めったに使われない多数のモデルが散発的に呼ばれるという、専有割り当てにとって最悪のケースだからこそ82%が出ています。1〜2個のモデルを定常的に使う社内AIには、削れる遊びがそもそもありません。この82%を社内AIに当てはめるのは誤りです。

データ・出典

  1. Azure OpenAI 価格:Azure OpenAI Service pricing(数値は同ページの元データである Azure Retail Prices API から serviceName eq 'Foundry Models' で取得。USD・税別)
  2. Claude 価格:Anthropic — Pricing
  3. AWS: Amazon Bedrock is now available in the Asia Pacific (Tokyo) Region(2023-10-06)
  4. Microsoft Learn: Data, privacy, and security for Foundry Models sold by Azure(学習不使用の明記/不正利用監視で最大30日保存・従業員閲覧の記述)
  5. AWS: Amazon Model Training & Privacy(Amazon FM に限定した文言)
  6. さくらインターネット 高火力 VRT 料金(税込)/V100プラン提供終了のお知らせ(新規申込 2026-12-31/提供終了 2027-03-31)
  7. AWS EC2 オンデマンド料金(g5.xlarge 東京リージョン Linux $1.4590/時)
  8. NVIDIA Multi-Instance GPU(最大7分割)/MIG User Guide — Deployment Considerations(NCCL非対応ほか)
  9. NVIDIA GPU Operator — Time-Slicing GPUs(メモリ分離・フォールト分離がない旨)
  10. NDSS 2025: I Know What You Asked — Prompt Leakage via KV-Cache Sharing in Multi-Tenant LLM Serving
  11. vLLM: GHSA-4qjh-9fv9-r85r / CVE-2025-46570(Low・CVSS 2.6・0.9.0で修正)
  12. SOSP '25: Aegaeon — Effective GPU Pooling for Concurrent LLM Serving on the Market(1,192→213枚・H20)
価格はすべて2026-07-19時点の公表値です。クラウドの料金・GPUの時間単価・為替はいずれも変動するため、判断の際は必ず最新の公式価格でご確認ください。本記事の円換算は 1USD=150円という単純な仮定に基づく参考値です(API価格は税別、さくらの高火力は税込であり、税の扱いが揃っていない点にもご注意ください)。トークン数の前提は一般的なRAG構成を想定した仮置きであり、実際の消費量は文書の長さ・分割方法・会話履歴の持ち方で大きく変わります。本記事は特定のクラウド事業者・製品を推奨するものではありません。