01前提を先に決めます
この手の比較は前提でいくらでも結論が変わるので、先に固定します。数字はすべてこの前提から機械的に出しています。
| 項目 | 置いた値 |
|---|---|
| 利用者 | 100人 |
| 1人あたり利用 | 1日5回 × 月20営業日 |
| 合計リクエスト | 月10,000回 |
| 1回あたり入力(チャット想定) | 1,000トークン |
| 1回あたり入力(RAG想定=社内文書を毎回添付) | 8,000トークン |
| 1回あたり出力 | 500トークン |
| 為替 | 1USD = 150円で換算(原文の$も併記) |
RAG(社内文書を検索して回答に混ぜる方式)だと、毎回の入力に検索結果を丸ごと詰め込むので入力トークンが跳ね上がります。ここが効くので、チャット想定とRAG想定を分けて計算します。
02APIで動かした場合
公式の従量課金(100万トークンあたり・米ドル・税別)です。
| モデル | 入力 /1M | 出力 /1M |
|---|---|---|
| Azure OpenAI GPT-4o-mini(Global) | $0.15 | $0.60 |
| Claude Haiku 4.5 | $1.00 | $5.00 |
| Azure OpenAI GPT-4o(Global) | $2.50 | $10.00 |
| Azure OpenAI GPT-4o(Regional) | $2.75 | $11.00 |
前提を当てはめると、月額はこうなります。
# RAG想定・月10,000回の場合
入力 10,000回 × 8,000トークン = 80,000,000 = 80M
出力 10,000回 × 500トークン = 5,000,000 = 5M
GPT-4o-mini : 80 × $0.15 + 5 × $0.60 = $15.00/月
Haiku 4.5 : 80 × $1.00 + 5 × $5.00 = $105.00/月
GPT-4o : 80 × $2.50 + 5 × $10.00 = $250.00/月
| モデル | チャット想定 | RAG想定 |
|---|---|---|
| GPT-4o-mini | $4.50(約675円) | $15.00(約2,250円) |
| Claude Haiku 4.5 | $35.00(約5,250円) | $105.00(約15,750円) |
| GPT-4o | $75.00(約11,250円) | $250.00(約37,500円) |
100人の会社が社内AIを回して、いちばん高いGPT-4oでRAGまでやって、月37,500円です。
03GPUを自前で持つ場合
比較対象として、国内でGPUを時間貸ししているさくらインターネットの「高火力 VRT」の公表価格を使います(税込)。
| プラン | 時間 | 日額 | 月額 |
|---|---|---|---|
| NVIDIA H100 | ¥990 | ¥23,100 | ¥385,000 |
| NVIDIA V100 | ¥481 | ¥11,550 | ¥231,000 |
参考までにAWSだと、EC2 g5.xlarge(A10G 1枚・4vCPU・16GiB)の東京リージョン・オンデマンドが $1.4590/時です。24時間×30日で約 $1,050/月=約157,500円。A10Gなので70Bクラスの本格運用には力不足ですが、それでもAPIより2桁高い水準です。
- 使った分だけ払う
- 誰も使わない月はほぼ0円
- 利用者が増えた分だけ増える
- 構築・監視・モデル更新は不要
- 使っていない時間も満額
- 社内利用は月160時間=稼働率22%
- 残り78%は誰も使っていないGPUに払う
- 構築・監視・更新・冗長化の費用は別途
04では、何回使えば逆転するのか
ここがいちばん知りたいところだと思います。H100 1枚(月385,000円)に並ぶには、月に何回APIを叩く必要があるか。RAG想定(入力8,000/出力500)で計算します。
1回あたりの単価(GPT-4o・RAG想定)
= 8,000/1M × $2.50 + 500/1M × $10.00
= $0.020 + $0.005 = $0.025/回
損益分岐 = (¥385,000 ÷ 150) ÷ $0.025 = 約102,667回/月
| モデル(RAG想定) | H100と釣り合う回数 | 100人なら1人あたり |
|---|---|---|
| GPT-4o | 月 102,667回 | 1日 51回 |
| Claude Haiku 4.5 | 月 244,444回 | 1日 122回 |
| GPT-4o-mini | 月 1,711,111回 | 1日 856回 |
「GPUを買ったほうが安い」が成立する社内利用は、現実にはほとんど存在しません。
05「データ主権」は本当にローカルの理由になるか
コストで負けるとして、「それでも社外に出せないから」が残ります。ここは慎重に見る価値があります。
まずMicrosoftは公式ドキュメントでこう明記しています。
The models are stateless: no prompts or completions are stored in the model. Additionally, prompts and completions are not used to train, retrain, or improve the base models.
— Microsoft Learn「Data, privacy, and security for Foundry Models sold by Azure」
Amazon Bedrock も2023年10月6日から東京リージョンで提供されています。つまり「日本国内リージョンで、学習に使われない」という条件自体は、APIでも満たせます。
AWSの記述も範囲が限定的です。公式の文言は「prompts that AWS customers enter into Amazon FMs and outputs ... are not used to train the underlying Amazon FMs, unless a customer consents」であり、Amazon自社のモデルに限った約束です。「あらゆるモデルの学習に使われない」と読むのは踏み込みすぎです。
また、データを日本国内に置くこと自体にも値札があります。Azureのリージョン指定(Regional)デプロイはGlobalより約10%高く(GPT-4oで $2.50→$2.75)、Claude Haiku 4.5 も Bedrock / Google Cloud のリージョン指定エンドポイントで10%の上乗せがあります。
06「1枚のGPUを複数部署で分け合えばいい」は成立するか
GPUが高いなら共有すればいい——私たちも最初にそう考えました。ここも技術的な壁があります。
MIG(Multi-Instance GPU)
NVIDIAが公式に提供する分割機能で、1つのGPUを最大7インスタンスまで、それぞれ独立したメモリ・キャッシュ・演算コアを持つ形で分けられます。分離という意味では最も堅い方法です。ただし公式ドキュメントの制約が重い。
NCCL is currently not supported with MIG.
— NVIDIA「MIG User Guide — Deployment Considerations」
NCCLが使えないということは、複数GPUにまたがるテンソル並列推論ができないということです。つまりMIGで分割した先には、大きなモデルは載りません。同ドキュメントは、異なるGPU間のP2P非対応、GPUインスタンス間のCUDA IPC非対応、グラフィックスAPI非対応も明記しています。
タイムスライシング
もっと柔軟に共有する方法ですが、NVIDIA自身が明確に警告しています。
Unlike Multi-Instance GPU (MIG), there is no memory or fault-isolation between replicas.
— NVIDIA「GPU Operator — Time-Slicing GPUs」
Time-slicing trades the memory and fault-isolation that is provided by MIG for the ability to share a GPU by a larger number of users.
メモリ分離もフォールト分離もない。1つのテナントのプロセスが暴走すれば、同居している他のテナントも巻き込まれます。顧客のデータを預かる構成としては、これは選べません。
※この「分離がない」という記述はタイムスライシングについてのものです。MPS(Multi-Process Service)について同じ文言をNVIDIAが述べている一次資料は確認できませんでした。Volta世代以降のMPSには限定的なメモリ保護とエラー封じ込めがあるため、MPSにこの引用をそのまま当てはめないでください。
07共有すると、何が漏れるのか
共有には、コストや安定性とは別の問題があります。プロンプトそのものの漏洩です。
NDSS 2025で発表された論文「I Know What You Asked: Prompt Leakage via KV-Cache Sharing in Multi-Tenant LLM Serving」(攻撃名 PROMPTPEEK)は、推論高速化のために共有されるKVキャッシュから、他テナントのプロンプトを復元できることを実証しています。
Our results show that the adversary can achieve an average success rate of 99% in fully or partially reversing the prompt input, 98% in reversing the prompt template, and 95% without additional background knowledge, when tested on a Llama2-13B model on an A100 80G GPU.
— Wu, Wang, Niu, Zhang(南方科技大学), Zhang, Zhang, Wu(ByteDance), NDSS Symposium 2025
影響対象として vLLM・SGLang・LightLLM・DeepSpeed が名指しされています。いずれも「ローカルLLMを立てる」ときの標準的な選択肢です。
なお、しばしば同じ文脈で引かれる vLLM のアドバイザリ GHSA-4qjh-9fv9-r85r(CVE-2025-46570)は別物です。こちらはプレフィックスキャッシュがヒットすると最初のトークンまでの時間が短くなる、というタイミング側チャネルで、深刻度は Low・CVSS 2.6、0.9.0で修正済み。プロンプトの抽出ではありません。この2つを混ぜて語るのが、この分野で最も起きやすい誇張です。
08結論と、それでもローカルが要る場合
調べた結果、私たちは「社内AIのためにGPUを持つ」事業を追わないことにしました。理由は上の通りです。
- コストが2桁違う(月2,250円〜37,500円 vs 月385,000円)
- GPUの原価は利用者数に比例して増える。APIの従量課金と違い、テナントを増やすには物理的にGPUを増やすしかない。スケールしても単価が下がらない
- 共有して薄めようとすると、MIGでは大きなモデルが載らず、タイムスライシングでは分離が失われる
- 「学習に使われない・国内リージョン」はAPIでも満たせる
ただし、ローカルが正解になるケースは実在します。正直に挙げておきます。
- そもそも外部接続が許されない環境(閉域網・防衛・一部の医療研究など)。ここはコスト比較の対象外です
- 推論量が桁違いに多い。上の表の分岐点(1人1日51回以上を常時)を超えるなら、計算し直す価値があります
- 常時フル稼働のバッチ処理。稼働率22%という前提が崩れれば、GPUの不利は小さくなります
- ファインチューニングしたモデルを本番で使い続ける場合
ただしこれは「モデルマーケットプレイス」のワークロードです。めったに使われない多数のモデルが散発的に呼ばれるという、専有割り当てにとって最悪のケースだからこそ82%が出ています。1〜2個のモデルを定常的に使う社内AIには、削れる遊びがそもそもありません。この82%を社内AIに当てはめるのは誤りです。
データ・出典
- Azure OpenAI 価格:Azure OpenAI Service pricing(数値は同ページの元データである Azure Retail Prices API から
serviceName eq 'Foundry Models'で取得。USD・税別) - Claude 価格:Anthropic — Pricing
- AWS: Amazon Bedrock is now available in the Asia Pacific (Tokyo) Region(2023-10-06)
- Microsoft Learn: Data, privacy, and security for Foundry Models sold by Azure(学習不使用の明記/不正利用監視で最大30日保存・従業員閲覧の記述)
- AWS: Amazon Model Training & Privacy(Amazon FM に限定した文言)
- さくらインターネット 高火力 VRT 料金(税込)/V100プラン提供終了のお知らせ(新規申込 2026-12-31/提供終了 2027-03-31)
- AWS EC2 オンデマンド料金(g5.xlarge 東京リージョン Linux $1.4590/時)
- NVIDIA Multi-Instance GPU(最大7分割)/MIG User Guide — Deployment Considerations(NCCL非対応ほか)
- NVIDIA GPU Operator — Time-Slicing GPUs(メモリ分離・フォールト分離がない旨)
- NDSS 2025: I Know What You Asked — Prompt Leakage via KV-Cache Sharing in Multi-Tenant LLM Serving
- vLLM: GHSA-4qjh-9fv9-r85r / CVE-2025-46570(Low・CVSS 2.6・0.9.0で修正)
- SOSP '25: Aegaeon — Effective GPU Pooling for Concurrent LLM Serving on the Market(1,192→213枚・H20)