01なぜこれを調べたか
ERPは、企業の会計・在庫・販売・購買をまとめて扱う基幹システムです。海外には強力なオープンソースERPがいくつもあります。Odoo、ERPNext、Dolibarr。私たちはこれらを「日本語化して売れないか」と考えました。
前提にしていたのは「業務ソフトは制度依存が強いから、日本語ローカライズが無ければ海外OSSは使えない。だからそこに我々の価値がある」という読みです。この前提が、Odooで真っ先に崩れました。
02Odoo:日本ローカライズは、あった
Odooの公式リポジトリを確認したら、addons/l10n_jp という日本ローカライズのモジュールが、最初から存在していました。しかも中身が想像より厚い。
- 勘定科目表日本の勘定科目のテンプレート
- 消費税申告書レポート 11本付表1-3・2-3・4-3・5-3を含む計11のXML。単なる勘定科目だけではなかった
- POS用の内税/外税 fiscal position「内税」「外税」を扱うための設定が定義されている
LGPL-3。raw.githubusercontent.com で __manifest__.py と data/ を直接取得して確認(2026-07-20)。「日本語化されていない」という私たちの前提は、ここで完全に否定されました。ただし、よく見ると「公式」の意味がやや違いました。
'author' は Quartile Limited。実装しているのは日本のパートナーで、それが本体にマージされている形です。account のみ)。さらに、日本向けの専用ドキュメントページは現在404です(同じ場所で香港は200が返ります)。制度対応の「最後の1割」が、いちばん重い部分です。
03Dolibarr:日本固有コードは2ファイルだけ
Dolibarrは、より小規模なERP/CRMです。こちらは日本対応がどのくらいあるか、ソースを展開して数えました。
grep -rln "'JP'" htdocs --include=*.php | grep -v includes/。ヒットは core/lib/functions.lib.php(住所整形)と compta/bank/class/account.class.php(日本ではBICを必須と判定)の2件だけでした(2026-07-20)。さらに、Dolibarrの公式wikiには、日本の商習慣に近い計算方式を、上流が名指しで強く非推奨にしている記述がありました。
If you prefer to use method 2 (WARNING: this is a very very bad idea not compliant with today's requirements on line accounting), use Dolibarr version 3.5+ and set constant MAIN_ROUNDOFTOTAL_NOT_TOTALOFROUND to 1
Dolibarr 公式wiki「VAT setup, calculation and rounding rules」(method 2=合計側を丸める方式=日本の慣行に近い、を非推奨)
「very very bad idea」は原文どおり、very が2回です。日本の実務でよく使う「合計を丸める」計算を、上流が「非常に非常に悪い考え」と書いている。使えないわけではありませんが、上流の設計思想と日本の慣行がずれていることの、分かりやすい証拠です。
04日本語の情報量を測った
「日本人が実際に使っているか」は、日本語の技術記事の量で近似できます(測り方は別記事に詳しく書きました)。3つのERPを同じ方法で数えました。
| ERP | Qiitaタグ記事数 | Zennトピック |
|---|---|---|
| Odoo | 32件 | 存在する |
| Dolibarr | 2件 | 存在しない(404) |
| ERPNext | 0件 | 存在しない(404) |
/api/v2/tags/<tag> の items_count を実測。Odooですら32件で、DolibarrとERPNextはほぼゼロ。日本で運用してハマった人の記録が、そもそも存在しないということです。05市場は国産会計SaaSが持っていた
そして、いちばん動かしがたい数字がこれです。会計の領域は、既に国産SaaSが握っています。
OSS ERPは技術的には日本語化できます。実際Odooはしていました。でも「できる」と「その市場で勝てる」の間には、この3つの壁がありました。
OCA/l10n-japan は現行ブランチで10モジュール(パッケージ用の setup を除く)。初コミットは2017年12月27日。ただし次期19.0ブランチは5モジュールで、半分が未移植06この記事を書くまでに間違えていたこと
公開前に、手元の数字を一次ソースで数え直しました。自分の測定が間違っていたものが出ました。
07結論
「OSS ERPは日本で使えるのか」への、私たちの答えです。
ですが「日本語化して売る」という私たちのモデルでは、成立しませんでした。日本語化は既に一定あり(=差別化にならない)、足りない部分は制度対応の最重量部(=維持コストが高い)、そして市場は国産SaaSが握っている。評価手順で言えば、複数のゲートに同時に引っかかります。
データ・出典
- Odoo addons/l10n_jp(GitHub) ※LGPL-3・消費税申告書レポート11 XML・POS内税/外税 fiscal position・作者 Quartile Limited。
__manifest__.pyとdata/を実取得して確認(2026-07-20) - OCA/l10n-japan(GitHub) ※現行ブランチ10モジュール(setup除く)・初コミット2017年12月27日(11.0ブランチ最古)・19.0ブランチは5モジュール
- Dolibarr は最新タグ
23.0.3を展開して実測(2026-07-20)。全ファイル数15,127(find . -type f | wc -l)、日本分岐PHPは2件(grep -rln "'JP'" htdocs --include=*.php | grep -v includes/)。公式wiki("a very very bad idea" の原文) - 日本語記事数:Qiita
/api/v2/tags/dolibarrほかを実測(Odoo 32・Dolibarr 2・ERPNext 0)。Zennトピックの存否は各zenn.dev/topics/<name>のHTTPステータスで確認(2026-07-20) - MM総研「クラウド会計ソフトの利用状況調査(2026年3月末)」 ※弥生54.0%・freee25.1%・MF15.7%は「個人事業主が利用するクラウド会計ソフト」のシェア(母数15,845事業者)。市場全体でも法人向けでもない
- Odoo 拠点一覧(日本拠点なし)/Odoo 日本パートナー(10社・Gold 0・Silver 2・Ready 8・自己申告実績合計63件、確認時点2026-07-20)/Dolibarr パートナー(国インデックスにJapanなし)
find で数えた実測値で、数え方(バージョン・除外条件)により結果は変わります。会計SaaSのシェアは個人事業主セグメントに限定した調査であり、法人向けや市場全体の順位を示すものではありません。Odooのパートナー実績63件は各社の自己申告の合算で、第三者による導入検証ではありません。会社名・製品名は各社の商標です。