Miqto
一次資料の確認 + 自分たちの撤退記録

個人でSaaSを運営するときの法規の壁

私たちは、オープンソースを日本語のマネージドサービスにして売ろうとしていました。技術の問題ではないところで止まりました。
「従業員100人以下なら個人情報保護法の中小規模事業者だから、安全管理措置は緩い」——そう思っていました。ガイドラインの原文を読んだら、その定義から「委託を受けて個人データを取り扱う者」が明文で除外されていました。顧客のデータを預かる事業は、1人でも例外に入れません。
調べる過程で、自分が信じていた数字や制度理解が6件間違っていたことも分かりました。それも含めて書きます。

公開:2026-07-20読了:約16分確認時点:2026-07-20
先に免責
本記事は法律・税務の助言ではありません。筆者は弁護士でも税理士でもなく、公開されている一次資料(法令・ガイドライン・官公庁の公表文書)を読んで確認した記録です。個別の事業が法令上どう扱われるかは、事実関係によって変わります。実際の判断は必ず専門家にご相談ください。
また本記事は令和8年改正個人情報保護法の施行前の内容に基づきます(後述)。

01なぜ調べたか

私たちは、海外のオープンソースを日本語で使えるようにして、マネージドサービス(SaaS)として提供する事業を検討していました。実際に4本のサービスのランディングページを公開し、需要を測っていました。

技術的な検討は進みました。止まったのは別のところです。「顧客の個人データを預かる」という一点で、適用される法規が一段跳ね上がることに、途中で気づきました。

そこで、一人法人がSaaSを運営する場合に何が適用されるのかを、条文とガイドラインの原文まで遡って洗い直しました。この記事はその記録です。結論を先に書くと、努力やコストで越える壁ではなく、適用される法律そのものが違うという話でした。

この記事で扱う5つの壁
  1. 個人情報保護法の「中小規模事業者」に入れない従業員100人以下でも、委託を受けて個人データを取り扱う者は定義から除外されている
  2. クラウド例外は、逃げ道として細い2024年の公式注意喚起が示した考慮要素が、一人運営の実態に直撃する
  3. 電気通信事業法ユーザー間のチャット・DMを1つ足すだけで登録または届出が必要と判断され得る
  4. 漏えい報告の期限速報は「速やか」、確報30日。不正目的の行為なら60日。土日祝を含めて数える
  5. 買い手のセキュリティチェックシート入退室管理など、自宅兼事務所では構造的に満たしにくい項目が入る
①②が本丸です。③は今回の調査で初めて気づいた論点で、日本語の解説をあまり見かけませんでした。

02壁① 「中小規模事業者」の定義から外れる

個人情報保護法は、事業者に安全管理措置(法第23条)を求めています。そして個人情報保護委員会のガイドライン(通則編)には、「中小規模事業者」という区分があり、小さい事業者向けに手当てがあります。

私たちは「従業員1人なのだから当然ここに入る」と考えていました。入れませんでした。定義そのものに除外規定があります。

(※2)「中小規模事業者」とは、従業員の数が 100 人以下の個人情報取扱事業者をいう。ただし、次に掲げる者を除く。
・その事業の用に供する個人情報データベース等を構成する個人情報によって識別される特定の個人の数の合計が過去 6 月以内のいずれかの日において 5,000 を超える者
委託を受けて個人データを取り扱う者 個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」10(別添)講ずべき安全管理措置の内容

2つ目の除外が効きます。顧客の個人データを預かって処理するSaaSは、まさに「委託を受けて個人データを取り扱う者」です。従業員が何人であっても関係ありません。

同じ「1人の会社」でも、事業の中身で扱いが変わる
中小規模事業者に入り得る

自社の顧客名簿を自分で管理している

受託開発で、本番の個人データには触れない

個人データの数が5,000人以下

入れない

顧客のデータを預かるSaaS

BPO・データ入力代行

保守運用で顧客の本番環境に入る

左右はガイドラインの定義に基づく整理であり、個別の事業がどちらに当たるかは実態で判断されます。

03誤解:緩和されるのは「義務」ではなく「手法の例示」

ここでもう1つ、私たちは勘違いをしていました。「中小規模事業者なら安全管理措置が軽くなる」という理解自体が誤りです。

中小規模事業者については、その他の個人情報取扱事業者と同様に、法第23条に定める安全管理措置を講じなければならないが、(中略)円滑にその義務を履行し得るような手法の例を示す 同ガイドライン 10(別添)

義務の水準は同じで、示されているのは「その義務をどうやって果たすか」の例だけです。免除でも軽減でもありません。ここを「緩和」と要約している解説は少なくありませんが、原文はそう書いていません。

私たちが持っていた理解と、原文
従業員100人以下なら中小規模事業者で、安全管理措置が緩和される
2か所で誤り。①委託を受けて個人データを取り扱う者は定義から除外されている ②そもそも緩和されるのは手法の例示だけで義務水準は同一
時点についての注意
令和8年改正個人情報保護法が2026年7月17日に公布されました。個人情報保護委員会の資料は施行期日について「原則として公布の日から起算して2年を超えない範囲内」としています(同委員会は「引き続き、政令、規則、ガイドライン等の検討を行ってまいります」とも記載)。本記事の確認時点で、施行日を定める政令は確認できた範囲では見当たりません。
本記事は改正法の施行前の現行制度に基づく記述です。引用しているガイドライン(通則編)も現行版(平成28年11月/令和8年6月一部改正)です。改正の施行後は前提が変わる可能性があります。

04壁② クラウド例外は、思っていたより狭い

ここで多くの人が思いつく逃げ道があります。「クラウド例外」です。事業者が個人データを取り扱わないと整理できれば、そもそも委託にも当たらない、という考え方です。

成立の条件は、大まかに①契約により事業者がサーバーに保存された個人データを取り扱わない旨が定められており ②適切にアクセス制御が行われていること。これ自体は公式のQ&Aに書かれています。

問題は、この「取り扱わない」を一人運営で本当に維持できるのかです。個人情報保護委員会は2024年3月25日に、クラウド例外が認められなかった事案の考慮要素を注意喚起として公表しています。これが実務に効きます。

クラウド例外が否定される方向に働いた3つの要素
  1. 利用規約に「見られる」と書いてあった保守・運用上必要と判断した場合に監視・分析・調査等を行える旨を規定していた
  2. 技術的なアクセス制御が無かった保守用IDを保有し、個人データにアクセス可能な状態で、技術的なアクセス制御が講じられていなかった
  3. 実際に取り扱っていた規定や可能性だけでなく、現に取り扱っていたという事実
個人情報保護委員会「クラウドサービス提供事業者が個人情報保護法上の個人情報取扱事業者に該当する場合の留意点について」(令和6年3月25日)に挙げられた考慮要素。

ここを自分の事業に当てはめると、なかなか厳しいことになります。

一人運営のSaaSでよくやること
サポート
「動かない」と言われて
本番DBを見に行く
規約
保守目的の閲覧を
あらかじめ書いておく
結果
「取り扱っている」側に
寄っていく
これは上記の注意喚起の考慮要素に照らした筆者の理解であり、個別の事案の結論を示すものではありません。

大企業なら、運用担当と開発担当を分け、本番アクセスを申請制にし、ログを取ることで「アクセス制御が講じられている」を作れます。1人だと、そのすべてが同じ人です。組織を分けられないことが、そのまま法的な位置づけに跳ね返ります。

05壁③ チャットを1つ足すと電気通信事業になり得る

これは今回の調査で初めて気づいた論点です。正直に言うと、検討時にはまったく視野に入っていませんでした。

総務省の「電気通信事業参入マニュアル[追補版]」は、SaaSについてまず原則として届出は不要としています。

このサービスは、自己と他人(利用者)との間の通信を行っており、他人の通信を媒介していないことから、サービス提供者が電気通信回線設備を設置していない場合には、登録及び届出が不要な電気通信事業と判断される。 総務省「電気通信事業参入マニュアル[追補版]」(令和5年1月30日改定)「ソフトウェアのオンライン提供(SaaS、ASP)」
条件を落とさないこと
よく「SaaSは届出不要」とだけ紹介されますが、原文は「サービス提供者が電気通信回線設備を設置していない場合には」という条件付きです。無条件ではありません。

ところが、同じ資料に例外が書かれています。

サービスの一部としてメール、チャット、オンライン会議等の利用者間のメッセージの媒介を行う機能を提供している場合は、登録又は届出が必要な電気通信事業と判断される 総務省「電気通信事業参入マニュアル[追補版]」
「媒介」と判定される2つの基準
加工・編集を行わない(送信者が入力した内容がそのまま届く)
送信時の宛先として受信者を指定している
両方に該当する場合が対象です。

これはオープンソースをSaaS化する事業にとって、他人事ではありません。プロジェクト管理、問い合わせ管理、グループウェア——この種のOSSは、ほぼ必ずユーザー間のコメント通知やダイレクトメッセージを持っています。機能を1つ有効にするかどうかの話が、事業者としての立場そのものを変え得ます。

登録・届出が必要になると、上に乗るもの
通信の秘密保持義務サポートで中身を見る運用と衝突し得る
消費者保護説明・書面交付等の規律
どの規律がどこまで適用されるかは事業の区分によって異なります。該当し得ると分かった時点で、総務省の窓口または専門家に確認するのが確実です。
「届出不要だから電気通信事業法は関係ない」は誤り
調べていて、ここがいちばん誤解しやすいと感じました。外部送信規律(法27条の12)の対象には、登録も届出も要らない「第三号事業を営む者」が条文上そのまま含まれています。条文にも総務省令にも事業規模・従業員数・利用者数による適用除外はありません。
ただし対象となる役務は総務省令で4類型に限定列挙されており、いずれも「他人の通信の用に供する」「不特定の利用者の求めに応じて送信する」ことが軸になっています。認証必須で契約者だけが使う業務SaaSの本体と、誰でも見られる公開サイト部分は、分けて考える必要があります。あてはめの具体的な判断について公的な逐語は確認できなかったため、ここでは該当・非該当を断定しません。
この壁のいやらしいところ
機能追加は開発の判断で、法規制は事業の判断です。
ところがここでは、コミット1つで事業の区分が変わり得ます。「便利だからチャットも付けよう」が、そのまま届出義務の話になる。

06壁④ 漏えいが起きた日から動き出す時計

個人データの漏えい等が起きた場合、個人情報保護委員会への報告義務があります。ここでも、私たちが持っていた数字が正確ではありませんでした。

よく見る「速報は3〜5日以内」は、法令の文言ではありません。条文が求めているのは「速やかに」で、3〜5日はガイドラインが示す目安です。

報告の時計
1日目
いずれかの部署が事態を知った日
ここが起算日。土日祝を含めて数える
速報
「速やかに」(おおむね3〜5日以内が目安)
分かっている範囲で出す。全容が固まるのを待たない
30日
確報
60日
確報(不正の目的をもって行われた行為による場合)
外部からの攻撃・内部不正はこちらに当たり得る
「3〜5日」はガイドライン上の目安であり、条文の文言は「速やかに」です。数字だけを法令の期限として引用しないでください。確報の期限は末日が土日祝・年末年始(12月29日〜1月3日)に当たる場合、その翌日が期限になります。

加えて、本人への通知義務もあります。1人で開発も運用もサポートもやっている状態で、インシデント対応を数日以内に走らせるのがどれだけ現実的か。これは法律の話であると同時に、体制の話です。

07壁⑤ 買い手のチェックシートは自宅を想定していない

法令をクリアしても、次に買い手の審査があります。法人にSaaSを売ると、多くの場合セキュリティチェックシートが送られてきます。

ここに、一人法人にとって構造的に苦しい項目が入ります。物理的セキュリティ、とくに入退室管理です。IPAの「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン」にも、こう書かれています。

サーバー等の設置エリアへの入退室を管理し、記録する IPA「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン 第4.0版」
ここは正直に書きます
「民間のチェックシートの何割に入退室管理が入っているか」という統計は、確認できた範囲では見当たりませんでした。したがって「ほとんどのチェックシートに入っている」とは書けません。
言えるのは、ISO 27001・プライバシーマーク・ISMAP といった規格や制度が物理的セキュリティを要求しており、それらを土台に作られる民間のチェックシートに同種の項目が入るのは構造的に自然だということまでです。

クラウド専業(自社でサーバーを持たない)なら、「該当なし。基盤はAWS/さくら等で、その認証取得状況で代替する」と説明する余地があります。実際その説明は通ることがあります。ただしそれは、審査する側が理解してくれるかどうかに依存します。1人の会社であるという事実が、そこに影響しないとは言えません。

08お金:Pマークとサイバー保険

「じゃあ認証を取ればいい」となります。ここでも数字を確認し直したところ、2件とも書き方が間違っていました。

プライバシーマーク 新規申請(小規模事業者)
¥314,288現行2026年9月30日 申請分まで
¥336,600改定後2026年10月1日 申請分から
上記は小規模事業者・新規申請の合計(申請料+審査料+付与登録料)。適用は申請日基準で、電子申請なら送信日、郵送なら消印日、持参なら受付日で判定されます。この記事の公開時点で、改定まで残り約2か月です。
一人法人がどの区分になるかは、断定できませんでした
事業者規模の区分は資本金登記の有無と、業種別の従業者数で決まります。確認できた範囲では、各区分の従業者数がいずれも「2人〜」から始まっており、従業者1人の法人がどう扱われるかを公表資料から読み切れませんでした。またサービス業の具体的な基準値も逐語で取得できていません。金額を前提に計画を立てるなら、JIPDECに直接確認してください。

そしてサイバー保険。ここは私たちの書き方が明確に不適切でした。

訂正
サイバー保険は年119万円が相場。ITサービス業は製造業(6.7万円)の18倍で最高リスク業種
「相場」ではありません。ある損害保険会社1社が公表している試算例(売上5億円規模)の数字で、しかもITサービス業の例だけオプションが付いた条件でした。製造業の例と同じ条件の比較ではありません業界横断の統計は見つかりませんでした。
18倍という数字は、条件の違うもの同士を割り算して作られていました。自分たちの資料の中で、いちばん危ない種類の誤りです。

とはいえ、保険料が業種によって大きく変わること自体は、各社の商品説明から読み取れます。言えるのはそこまでです。「◯倍」と書けるのは、条件を揃えた比較ができたときだけです。

092026年10月、買い手側の控除が一段下がる

ここは調べ直していちばん驚いたところです。当初この記事では「別途調査が必要」として触れないつもりでしたが、手元の理解が制度改正で古くなっていたことが分かったので、書きます。

免税事業者のままBtoBでSaaSを売る場合、買い手(課税事業者)は仕入税額の一定割合しか控除できません。これが経過措置です。私たちは「8割控除が2026年9月30日まで、その後2029年9月30日まで5割」と理解していました。前半は合っていて、後半が古い制度でした。

令和8年度税制改正で見直され、国税庁の資料は見出しからして「7・5・3割控除」に変わっています。

免税事業者など適格請求書発行事業者以外の者から行った課税仕入れにつき、その一定割合を控除できる経過措置について、適用期限を2年間延長した上で、以下のとおり控除可能割合が見直されました。 国税庁「令和8年度税制改正特集」
買い手が控除できる割合(改正前 → 改正後)
期間改正前改正後
〜2026年9月30日80%80%(変更なし)
2026年10月〜2028年9月50%70%
2028年10月〜2030年9月0%50%
2030年10月〜2031年9月0%30%
2031年10月〜0%0%
経過措置は2年延長されたうえで割合が見直され、結果として当面は改正前より買い手に有利になっています。「8割の次は5割」という理解のままだと、2段ずれます。

加えて、あまり紹介されていない改正がもう1つあります。控除限度額です。

一の適格請求書発行事業者以外の者からの課税仕入れの額の合計額がその年又はその事業年度で1億円(改正前:10億円)を超える場合には、その超えた部分の課税仕入れについて、本経過措置の適用を認めないこととされました。 同上(見直しは令和8年10月1日以後に開始する課税期間から適用)
タイミングの話
この記事の公開時点で、80%から70%への切り替えまで約2か月です。
免税事業者のまま法人に売り続けるなら、買い手側の負担が2年ごとに段階的に増えていき、2031年10月に控除ゼロで確定します。
個人事業者向けの「3割特例」に注意
現行の2割特例は、令和8年9月30日までの日の属する課税期間で終了します。代わりに「3割特例」が創設されましたが、対象は「個人事業者である適格請求書発行事業者の令和9年分及び令和10年分」です。一人「法人」は対象外である点に注意してください。法人成りしているかどうかで結論が変わります。

10「賠償の相場」という誤解

漏えいを起こしたときの賠償額。ここにも、広く流通している誤解があります。

よく引かれるのが最高裁 平成29年10月23日判決(ベネッセの個人情報漏えい)です。「実害がなくてもプライバシー侵害が認められた判決」として紹介されます。前半は正しいのですが、これは賠償を命じた判決ではありません。

原判決を破棄する。本件を大阪高等裁判所に差し戻す。 最高裁判所 平成29年10月23日 判決 主文
この判決が言ったこと/言っていないこと
◯ 言った
プライバシーの侵害は成立し得る
「不快感を超える損害の主張立証がない」として請求を退けたのは審理が尽くされていない
✕ 言っていない
賠償額がいくらか
そもそも賠償を命じていない
過失の有無すら差戻し審の審理対象

差し戻された先の大阪高裁(令和元年11月20日)は、1人あたり1,000円を認容しています。ネットでよく見る「1人3,300〜35,000円」という相場観は、下限がこれよりずっと低いところにあります。

この1,000円の扱いには注意が必要です
この判決は裁判所ウェブサイトの裁判例検索に収録されておらず、私たちが確認できたのは法律事務所の解説PDFが判決文を逐語引用したものです。一次ソースそのものではありません。
さらに、同じベネッセの件でも別系統の高裁判決は慰謝料2,000円と認定しています。「1人1,000円」と一般化するのは正確ではありません。
「1人◯円 × 人数」の試算は危ない
認容額は事案の性質(漏えいした情報の種類・経緯・二次被害の有無)で大きく変わり、桁が変わるほどの開きがあります。この幅を無視して人数を掛け算した数字は、根拠になりません。安心する方向にも、脅す方向にも使えてしまいます。

11この記事を書くまでに間違えていたこと

この記事を書くにあたって、手元の調査資料を一次ソースまで遡って検証しました。6件の誤りが出ました。すべて、記事にする前に見つかったものです。

訂正一覧
中小規模事業者は安全管理措置が緩和される
緩和されるのは手法の例示のみ。義務水準は同一
最高裁H29.10.23は実害なしでも賠償を認めた
破棄差戻し。賠償を命じていない
賠償の相場は1人3,300〜35,000円
下限の実例は1,000円(ベネッセ差戻後)
サイバー保険は年119万円が相場
1社の公表試算例。条件も揃っていない
漏えいの速報期限は3〜5日
条文は「速やかに」。3〜5日はガイドラインの目安
インボイス経過措置は8割の次が5割(2029年9月30日まで)
令和8年度税制改正で見直し済み。次は7割(2026年10月〜2028年9月)で、以後 5割 → 3割 → 0%
6件のうち3件は「数字が違う」ではなく「性質が違うものを同じだと思っていた」種類の誤りでした。目安を法令と、試算例を相場と、判示を結論と取り違えていた。そして1件は、制度そのものが改正されて手元の理解が古くなっていたものです。
なぜこれを書くか
私たちは以前、公開済みの記事に載せた年表の日付を4年間違えていたことがあります。それ以来、記事を書く前に全数値の出典を取り直す工程を必ず挟むようにしました。訂正した経緯を隠さずに書くことは、この工程が機能している証拠でもあります。

12それでもやるなら、どう畳むか

ここまで壁ばかり書きましたが、「個人ではSaaSをやれない」と言いたいのではありません。実際、一人・二人の会社で成立している事業は日本にもあります(私たちはそれを全部調べました)。

整理すると、壁の高さは「何を預かるか」で決まります。

預かるものと、壁の高さ
事業の形個人データこの記事の壁
導入・移行の受託(スポット)預からない(顧客環境で作業)低い
情報コンテンツ・ツール販売預からない低い
自社顧客向けのSaaS(BtoC・自社データのみ)自社で保有
法人の業務データを預かるSaaS委託を受けて取り扱う高い
上記+ユーザー間チャット/DM同上高い+電気通信事業法
「壁の高さ」は本記事で扱った法規に限った相対評価です。各事業には別の規制(業種規制・下請法・特商法など)が加わり得ます。

私たち自身の結論は、「月額でデータを預かるマネージドSaaS」を一人で始めるのは、法規の面で無理筋だったというものでした。技術的には作れます。作れることと、売れる形で運営できることは違いました。

いちばん伝えたいこと
これは、頑張れば越えられる壁ではありませんでした。
従業員数を減らしても、コストを切り詰めても、「委託を受けて個人データを取り扱う者」であることは変わりません。始める前に、自分がどちら側に立つのかだけは確認しておく価値があります。
この記事で扱っていないこと
調べ切れていない論点があります。正直に列挙します。特定商取引法の通信販売の表示義務/資金決済法(前払式支払手段)/下請法・フリーランス新法/個人情報保護法の域外適用と越境移転(法28条)。いずれも一次資料での確認が済んでいないため、本記事では触れていません。確認できていないことを、確認できたかのように書かないためです。
また、外部送信規律の4類型それぞれへのあてはめと、プライバシーマークの事業者規模区分における一人法人の扱いは、公表資料から読み切れなかったため断定していません。
この調査は、私たちがオープンソースを日本語のマネージドサービスとして提供する(Miqto)ための検討過程で行ったものです。あわせて読む:日本でOSSマネージドが成立した事業者を全部調べた電帳法にOSSで対応できるのかAGPLのOSSをSaaSで提供できるのか日本人が実際に使っているOSSを実測した「規制があるから需要がある」は罠になりうる

データ・出典

  1. 個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」 ※「中小規模事業者」の定義と除外、および安全管理措置の記述は「10(別添)講ずべき安全管理措置の内容」に拠ります。
  2. 個人情報保護委員会「クラウドサービス提供事業者が個人情報保護法上の個人情報取扱事業者に該当する場合の留意点について」(令和6年3月25日・PDF)
  3. 個人情報保護委員会「個人情報保護法などについてのQ&A」 ※クラウド例外の要件(Q&A 7-53 ほか)
  4. 個人情報保護委員会「令和8年改正個人情報保護法」(2026年7月17日公布・施行日は政令で定める日)
  5. 総務省「電気通信事業参入マニュアル[追補版]」(PDF)
  6. プライバシーマーク制度(JIPDEC)申請料金改定の告知(2026年10月1日申請分から)
  7. IPA「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン 第4.0版」(PDF)
  8. 国税庁「令和8年度税制改正特集」(インボイス制度) ※経過措置の「7・5・3割控除」への見直し、控除限度額1億円、2割特例の終了と3割特例の創設
  9. 損害保険ジャパン「保険料例とお支払いする保険金例」 ※本記事が「相場ではない」と述べている試算例の出所
  10. 電気通信事業法(e-Gov法令検索) ※第27条の12(外部送信規律)/同法施行規則 ※第22条の2の27(対象役務の4類型)
  11. 最高裁判所 平成29年10月23日 第二小法廷判決(裁判所ウェブサイト) ※差戻後の大阪高等裁判所 令和元年11月20日判決は裁判所ウェブサイトに収録されておらず、本記事の1,000円は法律事務所の解説PDFによる判決文の引用に拠ります(一次ソースではありません)
本記事は法律・税務に関する助言ではありません。筆者は弁護士・税理士ではなく、公開されている一次資料を確認した記録です。記述は2026年7月20日時点で確認できた内容に基づきます。令和8年改正個人情報保護法は2026年7月17日に公布され、施行日は政令で定められます(確認時点で未制定)。施行後は本記事の前提が変わり得ます。クラウド例外の該当性、電気通信事業法上の登録・届出の要否、セキュリティチェックシートへの対応可否は、いずれも個別の事実関係によって判断が変わるため、本記事では該当・非該当を断定していません。賠償額に関する記述は個別の判決の内容であり、将来の同種事案の結論を示すものではありません。プライバシーマークの料金・サイバー保険の保険料・各種ガイドラインの版は変更され得ます。実際の判断は必ず専門家にご確認ください。