01なぜこれを調べたか
私たちはオープンソースを日本語のマネージドサービスにして売る事業を探していました。候補を評価する中で、「規制で義務化されている業務」は需要が読みやすいので有望だと考えていました。電子帳簿保存法、インボイス、各種の記録義務——「欲しい」ではなく「要る」領域です。
実際に電帳法をオープンソースで対応できるか検証したところ、そこで壁にぶつかりました。JIIMA認証という第三者認証が事実上の購買条件になっていて、規程で対応するソフトはその認証を原理的に取れないという構造です。
そこで疑問が生まれました。「規制がある=機会がある」は、どこまで本当なのか。これを確かめるために、規制で需要が生まれている領域を横断で調べ、「認証が要るか要らないか」で仕分けました。結果はきれいに割れました。
02認証ゲートの有無が、すべてを分ける
結論を先に図にします。規制が需要を生む領域は、大きく2つに割れます。
適合を証明する第三者認証が購買条件
買い手は認証の有無で選ぶ(中身を検証できないから)
オープンソースの改良では認証を取れない
→ 規制予算は認証済み製品に吸われる
義務はあるが、機器・ソフトに国の認証がない
買い手は機能・価格で選ぶ
作れば売れる余地がある
→ ただし無料の既存プレイヤーがいれば別の壁
この2つは、外から見ると同じ「規制で需要がある分野」に見えます。だから罠になります。需要の大きさだけを見て飛び込むと、認証ゲートの内側に入れないまま終わります。
03デジタコ:告示がソフトの出所まで指定していた
もっとも構造がはっきりしていたのがデジタル式運行記録計(デジタコ)です。ここは調べていて驚きました。
まず用語から直します。私たちは「デジタコには国交省の型式認定が必要」と理解していました。これは二重に不正確でした。
では、何がデジタコを「指定品でなければならない」ものにしているのか。根拠は保安基準の細目を定める告示 別添89(運行記録計の技術基準)にありました。ここが面白い構造です。
=制度としては任意
指定番号の表示が要る
事実上使えない
そして、この記事のいちばんの発見はここです。告示は、ハードだけでなく「ソフトウェアの出所」まで指定していました。別添89 第Ⅱ編 2.3.2 の逐語です。
2.3.1により提供される利用者ソフトウェアは、対応するディジタル式運行記録計の装置型式指定番号及びディジタル式運行記録計の製作者によって提供されたソフトウェアであることを、電子ファイル保存装置の画面に分かりやすく表示すること。 自動車の保安基準の細目を定める告示 別添89「運行記録計の技術基準」第Ⅱ編 2.3.2
つまり、第三者が作ったオープンソースの解析ソフトを持ち込んでも、「製作者が提供したソフトウェア」だと表示できない。ハードの型式指定が、そのままソフト側の参入障壁に直結していました。
これは、私たちが記事で言いたかったこと——「認証が購買条件になっている領域はオープンソースで入れない」——が、そのまま告示の条文に書かれていた、という例です。仮説を探しに行ったら、条文が先に書いてくれていました。
なお公開されている機器一覧は令和7年度版が最新で、令和8年度は選定基準等が公表済み・機器一覧は未公開です(確認時点)。
04アルコールチェック:同じ義務でも認証が無い
デジタコと好対照なのが、白ナンバー事業者のアルコールチェック義務です。同じ「自動車と安全」の規制で、巨大な需要を生みました。でも、こちらには国の認証がありません。
肝心なのは、この検知器に国の型式認定が存在しないことです。警察庁の資料は、要件をこう説明しています。
呼気中のアルコールを検知し、その有無又はその濃度を警告音、警告灯、数値等により示す機能を有する機器であれば足りる 警察庁「安全運転管理者の業務の拡充等に関するQ&A」より(趣旨:特段の性能上の要件は問わない)
05同じ「車の安全」でも、こんなに違う
デジタコとアルコールチェックを並べると、罠の正体が見えます。どちらも規制が需要を作った。違うのは認証ゲートの有無だけです。
→ オープンソースで参入できない
→ 機能・価格で勝負できる(ただし安価な既存機器が壁)
0610領域を「認証ゲートの有無」で並べた
同じ物差しで、規制系の10領域を仕分けました。「その領域で売るために、国や公的な第三者の認証が要るか」を軸にしています。
| 領域 | ゲート | 中身(すべて一次資料で確認) |
|---|---|---|
| 医療情報システム | 高 | 経産省・総務省GLがPマークまたはISMSの取得を明文要求 |
| プログラム医療機器(SaMD) | 高 | 薬機法。1機能でも該当すれば全体が規制対象/該当性は開発者が選べない |
| デジタル式運行記録計 | 高 | 装置型式指定+ソフトの出所の画面表示を告示が要求 |
| タクシーメーター | 高 | 計量法の特定計量器=型式承認+検定+年1回の装置検査 |
| 建設キャリアアップ(CCUS) | 高 | API連携に認定が必要/仕様書は書類審査通過+入金後のみ入手可 |
| 電帳法(保存ソフト) | 中 | JIIMA認証は任意だが事実上の購買条件(別記事) |
| アルコールチェック | 低 | 国の型式認定なし(民間の任意認定のみ) |
| 勤怠管理 | 低 | 安衛法。方法は「その他の適切な方法」まで開かれている |
| ウェブアクセシビリティ | 低 | 第三者認証制度が存在せず自己適合表明 |
| 電子契約(立会人型) | 低 | 認定は「受けることができる」=任意 |
07認証を"外した"ことで市場が開いた例
逆方向の例も見つかりました。認証を必須にしたのではなく、外したことで市場が生まれたケースです。これは論旨を裏側から補強してくれます。
08この記事を書くまでに間違えていたこと
いつものように、公開前に手元の理解を一次資料で洗い直しました。用語や事実の誤りが複数出ました。
09規制系を評価するときの2つの問い
この調査から、規制で需要がある領域を評価するときに最初に潰す2つの問いを決めました。時間をかけて深掘りする前に、この2つでほとんど判定がつきます。
- 第三者認証が購買条件になっていないか認証が事実上の参入条件なら、オープンソースの改良では認証を取れず、買い手はそこで選ぶ。デジタコ・医療・電帳法がこれ。ここでほとんど落ちる。
- 無料または既に認証済みの既存プレイヤーがいないか認証ゲートが低くても、国が無料プログラムを配っている(ストレスチェック)/無料の認証済みサービスがある(電帳法のバクラク等)なら、価格で勝てない。
でも、その需要が認証ゲートの内側に囲われているなら、外側にいる私たちには関係がありません。規制の有無ではなく、認証ゲートの有無を見ること。それが、この失敗から得た物差しです。
データ・出典
- 自動車の保安基準の細目を定める告示 別添89「運行記録計の技術基準」 ※第Ⅱ編 2.1.6.1(装置型式指定番号の表示)・2.3.2(利用者ソフトウェアの出所の表示)
- 道路運送車両法(e-Gov法令検索) ※第75条の3(自動車の装置の型式の指定)
- 国土交通省「運行管理の高度化に対応する機器一覧」 ※本記事が「装置型式指定とは別制度」と述べている補助金対象機器リスト
- 警察庁「安全運転管理者の業務の拡充等(アルコール検知器使用義務化)」 ※検知器の要件・施行日・記録保存
- アルコール検知器協議会(J-BAC)認定機器 ※民間の任意認定
- 経済産業省・総務省「医療情報を取り扱う情報システム・サービスの提供事業者における安全管理ガイドライン」 ※Pマーク/ISMS取得の明文要求
- 厚生労働省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」 ※遵守要請型(本記事が2省GLと区別している側)
- 建設キャリアアップシステム「就業履歴データ登録標準API連携認定システム」
- 計量法(e-Gov法令検索) ※特定計量器の型式承認・検定、第16条(使用の制限)
- デジタル庁「ウェブアクセシビリティ導入ガイドブック」 ※義務化されたのは合理的配慮の提供であり、ウェブは環境の整備=努力義務である旨