01調べ方(そのまま再現できます)
データ源は awesome-selfhosted-data です。有名な「awesome-selfhosted」リストの機械可読版で、1ソフトウェア=1つのYAMLファイルとして管理されています。
ありがたいことに、このリポジトリには licenses だけでなく stargazers_count・updated_at・archived・current_release・commit_history まで含まれています。GitHub APIのレート制限に悩まされることなく、健全性の判定まで機械的にできます。
# 1. データを取得(約290KB)
git clone --depth 1 https://github.com/awesome-selfhosted/awesome-selfhosted-data
# 2. software/*.yml の licenses を集計するだけ
ls awesome-selfhosted-data/software/*.yml | wc -l
#=> 1332
02ライセンス分布の全体像
集計結果です。上位25ライセンスを、SaaSとして改変を非公開のまま運用できるかで色分けしました。
いちばん驚いたのは AGPL-3.0 が301件(22.6%)で堂々の2位だったことです。MITに次ぐ規模で、GPL-3.0(226件)より多い。セルフホスト分野に限れば、AGPLはもはや例外的な選択ではなく主要な選択肢のひとつになっています。
03商用SaaSに使えるのは何件か
「改変を非公開のまま、SaaSとしてホスティング提供する」という用途に絞って絞り込みます。
商用SaaSに使える
満たす(577件)
業務用途(95件)
7割近くが通ります。「AGPLだらけで使える球がない」という感覚は、少なくともこのカタログの範囲では成立しませんでした。
ただし最後の行を見てください。健全な577件のうち業務ドメインのタグが付くのは95件(16.5%)だけで、残り83%はゲーム・メディアストリーミング・写真ギャラリー・フィードリーダー・Pastebin・電子書籍管理——つまり個人・趣味用途です。「セルフホストOSSは業務システムの宝庫」というイメージは、数えてみると実態と違いました。
04AGPLの実務的な射程(誤解していました)
我々は当初、社内ガイドに「AGPL=✕ NG。ネット越し提供でも改変ソース公開義務」と書いていました。これは条文としては正しいが、射程を過大に見積もっていたと分かったので訂正します。
AGPL-3.0 第13条の条文はこうです。
"If you modify the Program, your modified version must prominently
offer all users interacting with it remotely through a computer network
... an opportunity to receive the Corresponding Source of your version ..."
| 論点 | 実務上どうなるか |
|---|---|
| 発動条件 | 「If you modify」が条件。上流を無改変で運用する限り、第13条の追加義務は発動しない(頒布もしていないためGPL部分も発動しない) |
| 公開する相手 | 条文上は「そのサービスをネットワーク越しに利用しているユーザー」であって全世界ではない。GitHub公開は運用上の簡便策にすぎない |
| 公開する範囲 | Corresponding Source。ただし大部分は既に公開済みの上流コードなので、実質の新規開示は自分の差分のみ |
| 課金・管理画面など周辺 | 当初ここに「別プロセスにすれば集合著作物(aggregate)として義務が及ばない」と書いていましたが、言い過ぎでした(2026-07-19 訂正)。§5は頒布についての規定で、運用構成を扱っていません。FSF自身が境界は「裁判官が決める」と認めています。→詳細 |
| 認証情報・鍵 | 当然に対象外 |
実例として、Hetzner は Nextcloud(AGPL)ベースのマネージドサービスを月額€4.29(税別・1TB)から提供しており、同社は製品FAQで「このソフトウェアは自社で開発したものではないため、機能を追加できない」と明記しています。Mastodonのホスティング事業者 Masto.host も、公開フォークと上流を実際に比較したところ変更ファイルは0件でした(=改変版が存在しないので第13条が発動していない)。無改変で運用するという道は、現実に成立しています。
※この2点は続編の記事で条文と一次情報から検証し直しました。当初ここには「Masto.host はフォークを公開して第13条に準拠している」と書いていましたが、実際には差分が存在しなかったので訂正しています(2026-07-19)。
加えて Googleは AGPL を全社禁止しており、B2B販路が狭まる点も実務上の考慮事項です。
05ライセンス表示では見抜けない罠
ここが本記事でいちばんお伝えしたい部分です。 SPDX識別子やGitHubのライセンス表示を信じていると、確実に踏みます。実際に我々が踏みかけた実例です。
| ソフトウェア | 表示上 | 実際に本文を読むと |
|---|---|---|
| Dify | Apache-2.0 系に見える | LICENSE本文に「Difyのソースコードをマルチテナント環境の運用に使ってはならない」と明記。しかも「1テナント=1ワークスペース」と定義済み |
| Open WebUI | BSD-3-Clause | 条項4が追加されており、50ユーザーを超えるとブランディングの変更・削除が禁止 |
| Budibase | 「overall GPLv3」と記載 | 依存する SQS が専有バイナリで、用途が "internal business purposes" 限定・再販/サブライセンスを明示的に禁止。SQS_LICENSEを個別に開いて初めて判明 |
| Open Source POS | MIT | 「フッターの署名を全ページで可視のまま保持し、改変してはならない」=ホワイトラベル不可 |
| Formio | 「オープンソース」と紹介されがち | OSL-3.0。External Deployment条項によりネットワーク提供が頒布扱い=実質AGPL相当 |
| Carbone | — | 独自ライセンスで「ホスト型Document-Generator-as-a-Serviceとして提供しない限り無料」=ホスティング提供が名指しで禁止 |
| OpenRemote | GitHub API表示が NOASSERTION | 本文はAGPL。API表示では判別不能だった |
LICENSE 本文を取得して読む/②依存に専有バイナリが混ざっていないか確認する(BudibaseのSQSはLICENSE本文だけでは見抜けませんでした)/③LICENSEファイルが存在しないリポジトリは「全権利留保」として扱う(実際に NOASSERTION 表示でファイル自体が404のものがありました)。
06ライセンス変更は「昔の話」ではない
調べていて実感したのは、ライセンス変更は現在進行形で起き続けているということです。今回の調査中だけでこれだけ観測しました。
| 時期 | 何が起きたか |
|---|---|
| 2018-10 | MongoDB が AGPL → SSPL(「AGPLではクラウド事業者を止められなかった」と自認) |
| 2021-04 | Grafana / Loki / Tempo が Apache-2.0 → AGPL |
| 2023-08 | HashiCorp 全製品が MPL-2.0 → BUSL 1.1 |
| 2021-09 | ToolJet が GPL-3.0 → AGPL-3.0 へ ⚠️2026-07-19 訂正:当初「2025-01にAGPLへ」と書いていましたが、正しくは2021年9月28日で、変更前はApacheではなくGPLv3でした(=もともとコピーレフトで、ネットワーク条項へ強めた変更) |
| 2024-03 | Redis が BSD-3-Clause → RSALv2/SSPLv1 のデュアルへ(Redis 7.4〜) |
| 2024-08 | Elastic が AGPL を3つ目の選択肢として追加(ELv2・SSPLは維持=三重ライセンス。置き換えではない) |
| 2025-05 | Redis が AGPLv3 を選択肢に追加(Redis 8〜) |
| 2025-03 | Zitadel が v3 で AGPL-3.0 へ |
| 2026-04 | Cal.com がクローズドソース化。公開リポジトリを cal.diy(MIT)に差し替え。ただし上流自身が「個人・非本番利用に限り推奨」と明記 |
さらにライセンスとは別軸のリスクもあります。2025年10月、KAGOYA CLOUD VPS が Redmine テンプレートの公開を一時停止しました。理由は Bitnami の Redmine Docker イメージが Legacy リポジトリへ移管されたためです。ライセンスが安全でも、公式配布物の提供が止まればサービスは止まります。
07この調査で、我々が間違えていたこと
最後に自分の失敗を書いておきます。同じ轍を踏む人がいるかもしれないので。
誤り①「AGPLが多すぎて使える球が枯れている」
数える前は本気でそう思っていました。実際は68.8%が通過。有名なOSSばかり見ていたせいで、そう錯覚していました。有名なOSSほどAGPL/BSLで囲われているため、上澄みだけを見ると「枯れている」ように見えるのです。
誤り②「AGPLは即除外すべき」
第13条は改変が発動条件で、無改変運用なら義務は生じません(04章)。「法的に危険だから避ける」ではなく「競争構造上不利だから避ける」が正確な理由でした。
誤り③ ★300以上で絞ったこと
健全性フィルタとして★300以上を課していましたが、これは失敗でした。非エンジニア向けの業種特化ソフト(設備保全・会員管理・予約など)は、そもそもGitHubのスター文化の外側にあり★300に届きません。結果として「エンジニアが星を付けたもの=エンジニア向け」だけが残る偏りが生まれていました。フィルタが結論を作ってしまっていたわけです。
② ただし業務用途のソフトは全体の1割に満たない。
③ そしてライセンス表示を信じてはいけない——本文を読むまで分からない制限が実在する。
あわせて読む:日本人が実際に使っているOSSを実測した/日本でOSSマネージドが成立した事業者を全部調べた/社内AIの原価を計算した/AGPLのOSSをSaaSで提供できるのか/電帳法にOSSで対応できるのか/個人でSaaSを運営するときの法規の壁/日本のIDaaS価格を全部調べた/OSSライセンス変更の年表/「オープンソース」に見えて商用利用できないOSSカタログ。
データ・出典
- データ源:awesome-selfhosted/awesome-selfhosted-data(2026-07-17時点のスナップショットを clone して
software/*.ymlのlicensesを集計) - GNU Affero General Public License v3.0 全文(第13条・第5条の集合著作物条項)
- Google Open Source: AGPL Policy(全社禁止の方針)
- MongoDB: Server Side Public License FAQ(AGPLからSSPLへ移行した理由)
- Hetzner Storage Share(Nextcloudの無改変マネージド提供)
- Publickey: HashiCorp、全製品をBSLへ
- KAGOYA: 【VPS】Redmineの公開一時停止について(Bitnami Legacy移管の影響)
- 各ソフトウェアのライセンス条項は、いずれも
raw.githubusercontent.comからLICENSE本文を実取得して確認しました。